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鬼塚英昭氏死去

このブログでもその著作を幾度かご紹介させて戴きました。
特に『日本の真相』は衝撃的でした。

作家の鬼塚英昭氏が亡くなられたこと山崎康彦さんのツイッターで知り少々吃驚していました。
謹んでご冥福をお祈り申上げます。

山崎康彦さんのブログ記事⇨杉並からの情報発信です2 悲報です!ノンフィクション作家鬼塚英明さんが亡くなられました。



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平和憲法起草者ベアテ・シロタ・ゴードンさんの最期の言葉を胸に刻んで.....

今回の選挙結果は取消しにしてください!! (12/17) のつづきです。


謹賀新年

旧年中は拙ブログをご覧下さいましてありがとうございました。
今年もどうぞよろしくお願い申上げます。

先日12月30日にベアテ・シロタ・ゴードンさんがお亡くなりになられました。
ベアテ・シロタ・ゴードンさんは戦後、GHQ民生局員の一員として、日本国憲法の起草に携った方です。
ベアテさんのご提案は特に女性の権利向上に関わる14条(法の下の平等)や24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)に反映されてたということですが、9条(戦争放棄)を含むこの憲法が先進的な「平和憲法」であると高く評価されていて、改憲の動きにはずっと反対されていたのです。ご親族は献花の代りに「九条の会」への寄付を呼びかけられています。
ベアテさんの最期の言葉は「日本国憲法に盛り込まれた平和条項と、女性の権利を守ってほしい」だったそうです。
私は、9条の戦争放棄は、人類の最も崇高な理念であると思い、9条を世界法にすべきであると考え、その実現を願っています。

おすすめDVD→映画『日本国憲法』ジャン・ユンカーマン

以下、転載。

訃報:日本国憲法起草のベアテ・シロタ・ゴードンさん死去
毎日新聞 2013年01月01日 14時18分(最終更新 01月01日 23時16分)
BeateSirotaGordon
ベアテ・シロタ・ゴードンさん=名古屋市で2007年2月、竹内幹撮影

拡大写真

 【ニューヨーク草野和彦】第二次世界大戦後、GHQ(連合国軍総司令部)民政局員として日本国憲法の男女平等などの条項を起草した米国人女性、ベアテ・シロタ・ゴードンさんが昨年12月30日、膵臓(すいぞう)がんのため、ニューヨーク市内の自宅で死亡した。89歳だった。親族が毎日新聞に明らかにした。

 ゴードンさんは生前、「日本の憲法は米国の憲法より素晴らしい。決して『押しつけ』ではない」と主張し、9条(戦争放棄)を含む改憲の動きに反対していた。親族は、故人への供花をする代わりに、作家の大江健三郎さんらが設立した「9条の会」への寄付などを呼びかけている。

 1923年、ウィーン生まれ。有名ピアニストだった父が東京音楽学校(現東京芸大)に招かれたことに伴い、一家で来日。5〜15歳まで東京で暮らした。米国の大学に進学後に太平洋戦争が開戦。ニューヨークで米タイム誌に勤務していたころ、日本に残った両親の無事を知ってGHQの民間人要員に応募、45年に再来日した。

 25人の民政局員の中では最年少の22歳だった。憲法起草委員会では人権部門を担当。10年間の日本生活で、貧しい家の少女の身売りなどを見知っていたことから、女性の地位向上を提案。14条(法の下の平等)や24条(両性の平等)に反映された。

 米国に戻った後もしばしば講演などで来日。00年5月2日には国会の憲法調査会で意見陳述し、「日本国憲法は世界に誇るモデルだから50年以上も改正されなかった。他の国にその精神を広げてほしい」と訴えた。

 また、ニューヨークの日米交流団体「ジャパン・ソサエティー」などに勤務し、狂言の野村万蔵さん、版画家の棟方志功さん、茶道の千宗室さんらを米国で紹介。文化の橋渡し役としても活躍した。



転載、以上。
ご冥福をお祈り申上げます。


つづく


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